【この記事でわかること】
- 「雷麟」(らいる)という名前に込められた両親の願いと文字の秘密
- ネットで噂される家族の全貌や、ファンの間で囁かれる父親の職業
- プロのサッカー選手になることを諦めた杉田雷麟が、俳優を志す転機となった父の趣味
- 高校時代に数時間かけて栃木の実家から都内へ通い続けた多忙なデビューの裏側
- ハーフと誤解される理由と大物俳優たちを唸らせた人間性と覚悟
杉田雷麟の名に込められた実家の両親の深い想いとは?
俳優として活躍する杉田雷麟(すぎた・らいる)さんは、とても珍しい名前からしばしば芸名ではないかと推測されることがあるようです。
私も初めて「杉田雷麟」という名前を見たときは、すっかり芸名かと思いました^^;
しかし、この名前は正真正銘の本名なのです!
この唯一無二の名前が誕生した背景には、栃木県の杉田雷麟さんの実家で暮らす両親の深い愛情と、ユニークな教育方針があります。
父親が「雷麟」の「雷」という文字に込めたのは、「雷のように激しく、そして厳しく、世の中の荒波に負けない強さを持って育ってほしい」という願いでした。
自然現象である雷のような強いエネルギーを持ち、周囲に流されずに自分の道を切り拓いていってほしいという思いから「雷」という文字を選んだのです。
父親の強い願いが感じられますね。
一方、母親が選んだのは「麟」という難しい漢字でした。
「麟」という文字は中国の伝説上の動物である「麒麟」(きりん)に由来しており、「あえて画数の多い難しい漢字を名前に使うことで、難しいことや困難なことを成し遂げられるような賢い子になってほしい」という願いが込められています。
こちらも母親の強い願いを感じます。
さらに、実家の両親は苗字と名前の表記上のバランスにも強いこだわりを持っていました。
苗字である「杉田」はシンプルで画数が少ないため、名前の方にあえて重厚感のある画数の多い漢字を配置することで、フルネームで書いたときの全体のバランスを整えようと考えたのです。
実際、杉田雷麟さんが芸能界のオーディションを受ける際に一瞬で名前を覚えてもらえるという大きなメリットをもたらしました。
小学生の頃の習字の時間には、自分の名前を書くだけで半紙が真っ黒になり苦労したという本名ならではのエピソードもありますが、杉田雷麟さん自身もこの名前をとても気に入っています。
私は、このように子どもの将来だけでなく、文字の視覚的なデザインや苗字とのバランスまで計算して名前をつけたご両親のクリエイティブなセンスに感銘を受けました!
しかも、名前に込めた厳しさと賢さという2つの柱を含む教育方針が、現在の杉田雷麟さんのストイックな役づくりの姿勢にそのままつながっているのだと感じます。
杉田雷麟の実家の家族構成と両親の職業は?
杉田雷麟さんの実家の家族構成に関する詳細な情報は公表されていません。
両親が一般人であるため、名前や顔写真、年齢、具体的な職業などは伏せられています。
しかし、これまでの杉田雷麟さんへのインタビューやエピソードから、家族関係はとても良好であることが読み取れます。
また、兄弟や姉妹に関する具体的なエピソードが過去のメディアで語られたことがないため、ネット上では杉田雷麟さんが一人っ子であるという説が有力視されています。
特に父親の職業については、インターネット上でさまざまな憶測が飛び交っています。
杉田雷麟さんが幼少期から高校を卒業するまでの長い期間を栃木県で過ごしていたことや、土日に家族でゆっくりと映画を鑑賞する時間を定期的に確保できていたという家庭環境であったことから、転勤がなく規則正しい生活が送れる公務員ではないかと推測するファンがいます。
また、年齢に関しては、杉田雷麟さんが20代前半であることから、父親は40代半ばから後半である可能性が高いと見られています。
杉田雷麟さんのファンであれば、本当のところが気になりますね。
一方、母親に関しても詳細な職業は不明ですが、芸能界入りを決めた息子に対して「やるからには責任を持ちなさい」と、1人の大人として向き合う姿勢を示したそうです。
ただ甘やかすだけでなく、社会人としての礼節や責任感を厳しく教え込む芯(しん)の強さを持った女性であることが窺えます。
杉田雷麟さんが芸能界という成功の保証がない世界で若くして確固たる地位を築けたのは、実家の両親が〝1人の対等な人間〟として息子を扱い、精神的な自立を促してきたからではないかと、私は思います。
杉田雷麟は実家で無数の洋画を観たことが俳優を志すきっかけに
杉田雷麟さんが俳優という職業を志すことになった最大のきっかけは、実家の父親の趣味にありました。
杉田雷麟さんの父親は大の映画好きで、とりわけ洋画をこよなく愛する方です。
そのため、杉田雷麟さんが育った実家では、日常的に自宅のテレビやスクリーンで何らかの映画が流れているという、映像文化に親しみやすい環境が整っていました。
杉田雷麟さんは4歳の頃からサッカーを始め、中学時代までは本気でプロのサッカー選手になることを目指して毎日厳しい練習に励んでいました。
しかし、高校進学を控えた時期に、自分の現在のレベルでは将来サッカーだけで身を立てていくことは難しいと冷静かつ現実的な判断を下し、長年の夢を断念しました。
自分を客観的に見つめ直し、夢を諦める決断をしたことは、とても勇気がいることだったと思います。
杉田雷麟さんにはサッカー選手以外にも警察官への憧れがありましたが、進路に迷っていたそんな時期、実家で父親といっしょに観ていた洋画の数々が杉田雷麟さんの心を大きく動かしたのです。
杉田雷麟さんは『グリーンマイル』や『セブン』といった人間の内面を深く描いた名作を父親と鑑賞し、トム・ハンクスやモーガン・フリーマンといった海外の名優たちの圧倒的な演技に強い衝撃を受けました。
スクリーンのなかではまったくの別人になりきり、観客の心を揺さぶる俳優という職業に純粋な憧れを抱いた杉田雷麟さんは、「俳優になれば、警察官にもサッカー選手にもなれる。これまで自分が努力してきた経験も、これからの日常生活のすべてを仕事の糧(かて)として活かしていける」と考え、芸能界への挑戦を決意したのです。
10代という多感な時期に父親という身近な存在とともに良質なエンターテインメントを日常的に楽しんだことが、杉田雷麟さんの高い審美眼と感性を養ううえで決定的な役割を果たしたのだと私は思います。
もしも父親が映画好きでなく、そもそも実家で洋画を観る時間がなかったとしたら、現在の〝俳優・杉田雷麟〟は誕生していなかったのではないでしょうか。
親子の深いつながりがいかに大切かということが、杉田雷麟さん父子の姿からわかりますね^^
ちなみに、杉田雷麟さんは、小学生の頃に、地元・栃木で撮影中の小栗旬(おぐり・しゅん)さんの姿を見て感動し、のちに映画『罪の声』(2020年)で共演を果たしています。
こうしたドラマチックな経験も、杉田雷麟さんが俳優を目指した大きな理由になっているのでしょうね。
杉田雷麟は実家(栃木県)から撮影現場へ通っていた!
杉田雷麟さんは、15歳の頃から本格的に芸能活動をスタートさせていますが、デビュー後もしばらくは東京都内の芸能人が多く通う学校に転校することなく、実家のある栃木県内の高校に通っていたようです。
その証拠に、杉田雷麟さんが18歳の頃に出演したドラマ『ここは今から倫理です。』(2021年、NHK)のスタッフブログでは、「一番遠方から撮影に臨んでいるキャスト」として紹介されていました。
このブログの記事からもわかるように、杉田雷麟さんは高校を卒業するまでの期間、仕事があるたびに栃木県の実家から東京都内の撮影現場やオーディション会場へ片道数時間かけて通っていました。
若いとはいえ、片道数時間もかけて仕事場へ通うなんて、私なんかは聞いただけで疲れてしまいます^^;
高いモチベーションがなければできないことですね。
現在でこそ、映画やドラマ、舞台などの出演作品が増えたため、上京している可能性が高いと推測されますが、少年期の大部分を栃木の自然豊かな環境の中で過ごしたという経験は、杉田雷麟さんの人間性と演技スタイルに大きな影響を与えていると思われます。
また、杉田雷麟さんは11歳の頃から精神力を鍛えるためにボクシングを習っており、サッカーで培った強靭(きょうじん)な体力や協調性と合わさり、高い身体能力と根性を身につけていきました。
メディアから「山や自然が似合う俳優」と評される独特の野性味や、地に足のついたミステリアスな佇(たたず)まいは、まさに栃木の実家周辺の環境と家庭環境が育んだ賜物(たまもの)と言えます。
杉田雷麟さんは、大都会の空気に早くから染まることなく、高校卒業まで栃木の豊かな大自然と温かい家族の元で普通の生活を送っていたからこそ、その演技には他の若手俳優にはない唯一無二の深みとリアリティが備わっているのだと私は思います。
杉田雷麟は生粋の日本人!ハーフ説が噂される2つの理由とは?
インターネット上で「杉田雷麟」と検索しようとすると、「ハーフ」というキーワードがサジェスト表示されることがあります。
杉田雷麟さんが海外の血を引くハーフなのではないかと一部で噂される背景には、主に2つの理由があるようです。
1つ目の理由は、先述した「らいる」という独特な名前の響きです。
この響きが英語圏やヨーロッパ系で見られる「Kyle」(カイル)や「Lyle」(ライル)といった人名を想起させるため、名前を初めて聞いた人が外国人の名前であると誤解してしまうのです。
私も、「らいる」という名前の音を初めて聞いたときは、「杉田雷麟さんはハーフ?」と一瞬思ってしまいました。
2つ目の理由は、杉田雷麟さんの端正な顔立ちと、どこかミステリアスな風貌、鋭い眼光をしていることです。
彫りの深いルックスが西洋的な美しさと融合しているように見えるため、外国人の血が混ざっているのではないかという誤解を生む要因となっています。
私も杉田雷麟さんの顔立ちはどこかエキゾチックだと思います。
しかし、これらの噂は完全に事実とは異なります。
杉田雷麟さんは栃木県で生まれ育った生粋(きっすい)の日本人であり、実家の両親もまた、れっきとした日本人です。
中国の麒麟や自然の雷といった、アジア・日本古来の伝統的な概念や漢字へのこだわりから両親が名づけた本名が、結果として国際的な響きを持つにいたったという興味深い結果をもたらしているに過ぎません。
私は、杉田雷麟さんがハーフであるという誤解を受けるほどの独特なオーラや異国情緒をまとっていること自体が、俳優としての才能の1つなのだと思います。
純日本人でありながらも、名前の響きや容姿のインパクトによって観客や視聴者に強い印象を与え、それを圧倒的な演技力によって良い意味で裏切っていくあり方こそが、杉田雷麟さんが多くの映画監督やベテラン俳優たちを驚かせ、魅了し続けている理由の1つなのではないかと私は考えています。
杉田雷麟の〝感謝〟と〝礼儀〟に舌を巻いたベテラン俳優たち
杉田雷麟さんが映画やドラマの撮影現場で、卓越した演技力と並んで高く評価されているのが、礼儀正しさと社会人としてのマナーです。
杉田雷麟さんはデビュー当時から、佐藤浩市さんや大杉漣(おおすぎ・れん)さん(故人)といった日本映画界を代表する大御所俳優たちと数多く共演してきましたが、誰に対しても物怖(ものお)じすることなく、それでいて深い敬意を忘れない姿勢を見せてきました。
杉田雷麟さんのこの高い人間性は、実家の両親による「中途半端は許さない」「社会人としての礼節には厳しくあるべき」という厳格な教育方針によって幼少期から叩き込まれたものです。
杉田雷麟さんの両親は彼が幼い頃から、「あいさつと感謝の言葉だけは、どんな状況でも絶対に忘れてはならない」と厳しくしつけてきました。
また、杉田雷麟さんがサッカーの道を諦めて俳優になると決めたとき、実家の両親は「自分が選んだ道なのだから、自分で責任を持ちなさい」と言い、1人の大人としての覚悟を求めました。
このような家庭環境で育ったからこそ、杉田雷麟さんは、ドラマ『Aではない君と』(2018年、テレビ東京)のオーディションで佐藤浩市さんから「この世界で食ってくのか?」と問われた際に「はい」と即答することができ、その潔い態度を評価され、厚い信頼を勝ち取ることができたのです。
また、映画『教誨師』(2019年)で共演した大杉漣さんからは「脇でも主役でもどっちでも大丈夫という気概がなければならない」という言葉をかけられ、自分らしい役者像を追求する大きな転機を迎えるなど、先輩たちの教えを吸収する素直さと誠実さを持ち合わせています。
杉田雷麟さんが若くして大物俳優たちに愛されている理由は、実家の両親が授けた〝感謝〟と〝礼儀〟という人間としての基礎がしっかりしているからだと私は思います。
このような中途半端を許さない実家の教育方針が、杉田雷麟さんのストイックな役づくりの姿勢や、大学進学を選ばずに俳優業一本に絞った不退転(ふたいてん)の覚悟のベースとなっており、今後さらに俳優として活躍するための最大の武器になるのではないでしょうか。
