【この記事を読んでわかること】
- 名優の父・北村和夫の存在に葛藤しながらも、北村有起哉が独自の道を切り開いた背景
- 母方の先祖をさかのぼると判明する、歴史上の超有名戦国武将の驚くべき血筋
- 警察幹部や医師など、代々卓越した才能を輩出してきた父方の知られざる家柄
- 寡黙な父と息子をつなぎ、役者としての大きな礎を築いた母親の驚きの配慮
- 妻や姉も第一線で活躍する華麗な芸能一家の全貌と、現在の母からの驚きの評価
北村有起哉の実家と父・北村和夫の存在
北村有起哉(きたむら・ゆきや)さんは、2027年のNHK大河ドラマ『逆賊の幕臣』に小栗忠高役として出演することが決まっています。
北村有起哉さんは、これまで数々の作品に出演し、その卓越した演技力で多くの視聴者を魅了してきました。
『逆賊の幕臣』への出演をきっかけに、北村有起哉さんという役者の奥深いバックグラウンドやルーツに興味を持ち、北村有起哉さんの実家や家族構成について調べる視聴者は少なくないのではないでしょうか。
そこで、この記事では、北村有起哉さんがどのような環境で育ち、どのような血筋を引いているのか、実家の歴史や華麗なる芸能一家の全貌に迫ってみたいと思います^^
まず、北村有起哉さんの実家をひも解くうえで欠かせないのが、昭和の演劇界・映画界を支えた偉大な父親の存在です。
北村有起哉さんの父親は、日本を代表する名優として知られた北村和夫(きたむら・かずお)さんです。
私は子どものころ(昭和の時代)、北村和夫さんをテレビでよく見た記憶があります。
子どもながらにも、〝貫禄(かんろく)がある俳優〟と感じていました^^;
北村和夫さんは早稲田大学在学中の1950年に文学座の研究生となり、卒業後に準座員、そして1955年には正座員へと昇格し、数々の舞台や今村昌平監督の映画作品などに出演しました。
その多大なる功績から、1989年には紫綬褒章(しじゅほうしょう)を、1997年には勲四等旭日小綬章(くんよんとうきょくじつしょうじゅしょう)を受章するなど、まさに昭和から平成にかけて活躍した大御所俳優でした。
北村和夫さん抜きに舞台や映画を語れないほどの存在であったということですね。
一方、息子の北村有起哉さんは、東京都立富士高等学校の文化祭をきっかけに演劇に関心を持ち、大学受験の失敗を経て、日本映画学校へ進学し、役者の道を志すようになります。
しかし、父親が歩んできた俳優としての軌跡を調べたら、北村和夫という存在があまりにも巨大な十字架のようにのしかかり、絶望に近い感覚を覚えたと、のちに明かしています。
そりゃあそうでしょう。
親が偉大であればあるほど、その偉大な親と、まだ何も成し遂げていない自分自身とを比較してしまいがちなのは、容易に想像がつきます。
それでも北村有起哉さんは、偉大な父親を持つがゆえの〝2世〟〝七光り〟という言葉に甘んじることなく、あえて父親とは異なる環境に身を置き、特定の劇団に所属せずに舞台のプロデュース公演などで一歩一歩泥臭くキャリアを積み重ねてきた背景には、こうした実家の父親に対する畏敬の念と強い自立心がありました。
北村有起哉さんは、とても強い意志をお持ちの方なんだなと思います。
北村有起哉の実家には母親の気高き血筋と太田道灌のDNAが存在する!
北村有起哉さんの実家における母親側の血筋には、歴史ロマンあふれる背景が隠されています。
北村有起哉さんの母親である希玖子(きくこ)さんは一般の女性ですが、先祖をさかのぼると、室町時代に江戸城を築城したことで名高い戦国武将・太田道灌(おおた・どうかん)にたどり着きます。
希玖子さんは、この太田道灌の末裔(まつえい)で水戸藩士の家系である代田家の子孫です。
すごい家系ですね!
北村有起哉さん自身も公式ブログなどで自身が太田道灌の子孫であることを公言しており、過去には神奈川県伊勢原市で開催された「伊勢原観光道灌まつり」のパレードに太田道灌の衣装を身にまとって参加したことがあります。
さらに、北村有起哉さんの父親である北村和夫さん側の家系もユニークな血筋であることが判明しています。
北村和夫さんの祖父にあたる北村利吉さんは、戦前に高い機密性を有していた特別高等警察に勤務していた人物であり、当時としては社会的に高く認められた家柄であったことが窺(うかが)えます。
また、北村和夫さんの父親である北村肇さんは医師として活動しており、代々卓越した才能や社会的地位を持つ人物を輩出してきた家柄であることがわかります。
父親は父親で、すごい家系なんですね!!
このような戦国武将、警察幹部、医師といった多彩なDNAが、実家を通じて北村有起哉さんへと受け継がれているのです。
寡黙な父・北村和夫と子・北村有起哉をつないだ母親・希玖子さんの配慮とは?
このような厳格で伝統ある家柄のなかで、母親の希玖子さんは大きな役割を担っていました。
父親の北村和夫さんは家のなかでは昭和の気質を色濃く残した無口な父親であり、北村有起哉さん自身も幼少期に父親と深いコミュニケーションを交わした記憶はあまりないと語っています。
そんな寡黙(かもく)な父親と子どもたちの間をうまく取り持ち、実家を居心地の良い空間として支え続けていたのが母親の希玖子さんでした。
母親が、息子と父親の接着剤のような働きをしたんですね。
福岡の割烹店(かっぽうてん)で働いていたときに北村和夫さんに見初(みそ)められ、14歳という年の差を乗り越えて再婚した希玖子さんは、プロの俳優の妻として、そしてのちに俳優となる子どもたちを育てる母として奮闘しました。
北村有起哉さんが俳優としての現場の作法やふるまいを学んだきっかけも、この母親の配慮によるものでした。
ある日、希玖子さんは北村有起哉さんに対して、父親である北村和夫さんの〝鞄(かばん)持ち〟をするよう促しました。
北村有起哉さんはさぞやびっくりしたでしょうね。
その現場で北村有起哉さんは、偉大な名優である父親が周囲のスタッフや共演者に対して細やかな気配りを徹底している姿を目の当たりにし、俳優として生きるための大切な教訓を得たといいます。
無口な父親の背中を直接見せることで息子を育てようとした母親の希玖子さんならではの深い配慮は、北村有起哉さんの俳優人生における大きな礎(いしずえ)となりました。
北村有起哉さんも、のちの俳優人生の礎を築いてくれた、このときの母親の配慮に感謝しているのではないでしょうか。
なお、実家の場所については公式に明言されていませんが、インターネット上では東京都杉並区にあるのではないかと推測されています。
北村有起哉の家族は華麗なる芸能一家
北村有起哉さんの家族は、父親が北村和夫さん(故人)、姉が北村由里さん、妻が高野志穂さんという、華やかな芸能一家です。
父親が有名な俳優であったことは世間的にも広く知られていましたが、姉や妻も第一線で活躍する俳優であることを知り、私は大変驚きました。
姉の北村由里さんは1994年に文学座の研究所に入所し、現在は正劇団員として『女の一生』などの舞台を中心に活躍しており、生前の北村和夫さんと舞台上で親子共演を果たした経歴もあります。
また、妻が高野志穂さんであることは知らなかったので驚いたのですが、高野志穂さんは2002年のNHK連続テレビ小説『さくら』でヒロインを演じた実力派女優であり、北村有起哉さんが主演を務めた舞台を観劇したことをきっかけに知り合い、4年の交際を経て2013年に結婚しました。
2021年には夫婦でAmazonのCMに出演し、その仲睦まじい姿が大きな話題を呼んだことも記憶に新しい出来事です。
妻の高野志穂さんは、顔を見ればわかる人が少なくないでしょうね。
現在、北村有起哉さんは高野志穂さんとの間に2人の男の子がおり、子どもたちに囲まれながら、家族の支えを原動力にして俳優業に邁進しています。
母親の希玖子さんは現在も北村有起哉さんが出演するドラマを細かくチェックしており、「何と言っているのか分からない」といった率直で手厳しい演技へのダメ出しを送ってくることがあるそうです。
偉大な名優を一番近くで支え続けてきた母親からの言葉は、北村有起哉さんにとって今でも誰よりも説得力のある確かな批評となっているのではないかと私は思います。
唯一無二の役者・北村有起哉のこれから
北村有起哉さんは偉大な役者の父を持ち、先祖は歴史的な武将やエリートという、伝統ある実家で育ちました。
これほどまでの伝統ある血筋と役者としての英才教育、実家からの厳しい批評を受けていたからこそ、現在の北村有起哉さんが持つ唯一無二の、泥臭くも圧倒的な存在感が形づくられたのではないかと感じます。
父親の〝七光り〟というプレッシャーを跳ねのけ、劇団に属さず、みずからの力で現在の地位を築き上げてきたその生きざまは、実家の歴史そのものが持つ力強さを象徴しているかのようです。
北村有起哉さんは30代、40代と歳を重ねるごとに、ますますその演技に深みと磨きがかかってきており、作品ごとにまったく異なる顔を見せる名バイプレイヤーとしての地位を確立しています。
そんな北村有起哉さんが、確かなバックグラウンドと家柄を背景に、2027年の大河ドラマ『逆賊の幕臣』という大きな舞台のなかで小栗忠高という人物をどのように表現し、私たちを魅了してくれるのか、今から楽しみで仕方がありません^^
